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ムラカミマコトこぼれ話

弁護士 村上誠のブログです。

2014年10月26日(日)

誰かに語りかけたいこと

「人間の心って、自然と誰かに語りかけるようにプログラムされているらしい」と言っていた作家がいましたが、確かにその通りだなあ、と思います。

昨晩は、新宿西口の炉辺焼きの店に、家内と家内の妹と行きましたが、その店の雰囲気が良くて、思い返すと、その店にいる間中、その店の雰囲気を誰かに伝えたいと思っていたのではないかな、と思い至ります。

そのような思いが、食べログの投稿記事になったり、お店の紹介記事になったりするのでしょう。

ただ、伝えたいことは、写真に撮って見せたり、値段や味を示したり、接客態度を評価するだけに止まらないのだろうと思います。

私の場合は、その炉辺に座り、家内が注文する料理を口に運びながら、炉辺の炭火の色や温もりや、部屋の照明の懐かしい色に、ただ居心地がよくて、ボーっとできたことを伝えたかったのではなかったかな、と思います。

私は、ボーっとしながら、炉辺で焼き物をしていた、ちょっとイケメンの若い男性の仕事振りを眺めていたのですが、後で家内に聞くと、家内と家内の妹は、その男性について、見た目程には若くないのではないかとか、濡れた手を前掛けで拭くより、手拭で拭くべきではないか、ということを話していたというのですが、思いは人それぞれで、語りかけたいことも人それぞれなんだなあ、と思わされました。

Posted by murakami at 16時57分   パーマリンク

2014年10月13日(月)

日本人ノーベル賞受賞にちなんで

先日、スウェーデン王立科学アカデミーが、青色発光ダイオード(青色LED)の発明と実用化に貢献した業績により、赤碕勇さん・天野浩さん・中村修二さんにノーベル物理学賞を授与すると発表しました。

中村さんについては、青色LEDの職務発明に関連して、発明当時在籍していた日亜化学工業に対し、発明の対価の支払いを求め、一審の東京地方裁判所で、請求全額の200億円が認められながら、控訴審の東京高等裁判所で、8億4000万円余りで和解した、という報道が話題となり、記憶に鮮明に残っていました。

しかし、青色LEDの材料の構造を工夫して、明るい青色を放つことに初めて成功させたのが、赤崎さんと天野さんの功績だったことは、今回の報道で初めて知りました。

赤崎さんは、青色LEDの材料として、他の研究者から扱いが難しいとして敬遠されていた窒化ガリウムを使い、試行錯誤を繰り返し、きれいな結晶を安定的に作ることに成功し、天野さんの協力の下で、マグネシウムを加えて、世界で初めて青色LEDに欠かせない窒素ガリウムの結晶を完成したとのことでした。

その決して諦めることなく、完成するまで試行錯誤を繰り返す粘り強さには、驚かされるばかりです。

もちろん、中村さんにしても、安定して長期間発光する青色LEDの材料開発に乗り出し、素子を完成させるまでの試行錯誤や執念には、いつも怒っている(ように見える)キャラクターと相俟って、常人にはないエネルギーを感じます。

私などが到底真似できることではありませんが、成功するまで諦めないという姿勢を、少しでも見習えればと思います。

その意味では、ケンタッキーフライドチキン創業者のカーネル・サンダースが、65歳の時に始めた、フライドチキンの作り方と、秘伝のスパイスをレストランに売込み、フライドチキンが売れた分だけロイヤリティを受取るという、フランチャイズ事業について、売込みに回った先のレストランから1009回も断られながらも、その事業を成功へ導いた、というエピソードが思い起こされます。

私には、こちらの成功談の方が見習い易いとは思いますが、カーネル・サンダースにしても、1009回も同じ売込口上を述べ続けた訳ではなく、多分、断られる度に、売込方法を改良工夫し、試行錯誤しながら成功に漕ぎ着けたのだろうと思います。

その意味では、見習うといっても、諦めずに同じことを繰り返していればいい、というものではなく、そこに創意工夫の積重ねがなければ、成功を手にすることなどはできないのだろうと思わされます。

また、成功すればそこで終わりではなく、その成功を自分の人生にどのように生かすのか、自分の成長にどのように生かすのか、ということの方がより大切なのではないか、とも思います。

Posted by murakami at 17時21分   パーマリンク

2014年09月29日(月)

御嶽山の噴火

百人一首の37番目に、「白露(しらつゆ)に 風の吹きしく秋の野は つらぬき留めぬ 玉ぞ散りける」という、文屋朝康(ふんやのあさやす)の歌があります。

「雨が降って、野原一面に茂る薄(すすき)や茅(かや)の葉や茎に、露がついてきらきら光っている。そこに秋の台風(野分)の激しい風が吹き込んで、露が吹き飛んでいく。まるで紐に通していない真珠が飛び散っていくようだ。」という意味です。

「美は乱調にあり」などと言われますが、日本人は、完全な均衡や左右対称の中にではなく、わずかに壊して動きのある状態の中に美を感じます。

この歌の中にも、それがよく表われていると思います。

しかし、乱調を、風情のあるものと捉えられている間は結構ですが、その乱調が度を越すと、今度は一転して、悲惨な状況となることもあります。

今回の御嶽山の噴火などは、その最たるものではないか、と思わされます。

秋の行楽シーズンに、紅葉に染まり始めた御嶽山に登山を楽しんでいた人達が、予想もつかなかった御嶽山の噴火で、亡くなられたり、被災したりしました。

自然の風情を美しいものとして愛でる気持ちの一方で、自然の突如として変貌する脅威への警戒心を呼び起こされる出来事となりました。

それでは、どのような心構えで自然と向き合ったらいいのか、というような解は、到底私などには持ち合わせがありません。

自然の中で人は、ただただ生かされている存在に過ぎないことを思い知るだけです。

しかし、私にも言えることは、そのような自然の中にあっても、いざという時に、人が頼れるのは、自分以外の人でしかなく、その意味では、常日頃から人に対する思いやりや、人との連帯感を養う努力をすべきではないか、ということです。

最近の度重なる自然災害で、人が助け合う姿を目にするにつけ、人との絆の大切さを改めて思い知る次第です。

そして、自然の風情や乱調を愛でることができるのも、いざとなれば人が救ってくれるという安心感に裏付けられているのではないか、とも思います。

Posted by murakami at 09時18分   パーマリンク

2014年09月20日(土)

心が痒(かゆ)い

先日、駅で電車を待っているときに、ホームに貼ってあったJRのポスターに目を惹かれました。

そこには、「行くぜ、東北」「メールじゃ会えない、レールで行こう」と書かれてありました。

そのコピーを見て、すごくいい、と思いました。

言葉のリズムが心にスーッと入ってきて、後から意味をとらえて感心する、そして自分だけで感心しているのはもったいない、といった感覚でした。

最近気に入っている作家に山崎ナオコーラさんがいますが、「指先からソーダ」というエッセイ集の中に、「言葉が人の感覚に働きかけるものは、リズムもあれば、字面もある。楽しみ方は多様だ。歩道の脇に円柱が並んでいて、それぞれの円柱の周りに雑草のスカーフ。歩いていると、心が痒(かゆ)くなり、おかしな言葉が生まれそうになる。」という一節があります。

私も、そのポスターのコピーを見て、心が痒くなるって、こういうことを言うのかも知れない、と思ったのでした。

Posted by murakami at 19時19分   パーマリンク

2014年09月12日(金)

錦織選手の活躍にちなんで

テニスの錦織圭選手が、先日の全米オープンで準優勝を果たし、日本中を沸かせました。

私も週末などにテニスを多少することがあり、いちテニスファンとして、錦織選手の試合を心躍らせて観ておりました。

その錦織選手の活躍の裏には、マイケル・チャンコーチの実戦に即した練習指導や、自信を植え付ける心理的指導があったと言われていますが、そのマイケル・チャンコーチの選手時代には、私はチャン選手のファンでした。

チャン選手は、一世を風靡したピート・サンプラス選手やアンドレ・アガシ選手と同年代で、同じアメリカ人の選手でしたが、ジュニア時代は、サンプラス選手やアガシ選手を凌駕する活躍をしていました。

そして、17歳の時に、全仏オープンで、当時のランキング1位のイワン・レンドル選手や、ステファン・エドバーグ選手を破り、史上最年少優勝を果たしましたが、その後は、グランドスラムで決勝まで進むことはあっても、優勝はできませんでした。

その決勝に進んだ試合の中に、1995年の全仏オープンがあります。

その決勝戦の相手は、トーマス・ムスターという、その時に初めてグランドスラムの決勝戦に進んだオーストリアの選手でした。

チャン選手は、その決勝戦前のインタビューで、ムスター選手とのその前の試合で負けたことを引き合いに出して、前回のようには行かない、今回は絶対に勝って優勝してみせる、という意気込みを示していました。

一方、ムスター選手は、決勝戦前のインタビューで、「試合に勝っても負けても、私であることに変わりはない」と答えていました。

私は、そのムスター選手のインタビューを聞いて、ムスター選手に興味を持って、経歴を調べてみたのですが、その6年前のアメリカの大会で、準決勝まで進んだ直後に、飲酒運転の車にはねられて左膝に大怪我を負い、再起不能かも知れないと言われていた中から、復帰を果たし、躍進してきた選手であることが分かりました。

大怪我からの復帰で、テニスができることだけでも大きい喜びであり、試合の勝ち負けは二の次という気持ちで、無心に自分にできる限りのテニスをすることだけを心がけている、ということでした。

決勝戦の結果は、ムスター選手のストレート勝ちで、ムスター選手は、オーストリア人初のグランドスラム大会優勝者となりました。

私は、チャン選手のファンでしたし、チャン選手に優勝してもらいたかったのですが、ムスター選手も尊敬するようになっていましたので、ムスター選手の優勝の結果には、何の異存もなく、心から拍手を送ったのを思い出します。

Posted by murakami at 10時23分   パーマリンク

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