ムラカミマコトこぼれ話

弁護士 村上誠のブログです。

2014年09月29日(月)

御嶽山の噴火

百人一首の37番目に、「白露(しらつゆ)に 風の吹きしく秋の野は つらぬき留めぬ 玉ぞ散りける」という、文屋朝康(ふんやのあさやす)の歌があります。

「雨が降って、野原一面に茂る薄(すすき)や茅(かや)の葉や茎に、露がついてきらきら光っている。そこに秋の台風(野分)の激しい風が吹き込んで、露が吹き飛んでいく。まるで紐に通していない真珠が飛び散っていくようだ。」という意味です。

「美は乱調にあり」などと言われますが、日本人は、完全な均衡や左右対称の中にではなく、わずかに壊して動きのある状態の中に美を感じます。

この歌の中にも、それがよく表われていると思います。

しかし、乱調を、風情のあるものと捉えられている間は結構ですが、その乱調が度を越すと、今度は一転して、悲惨な状況となることもあります。

今回の御嶽山の噴火などは、その最たるものではないか、と思わされます。

秋の行楽シーズンに、紅葉に染まり始めた御嶽山に登山を楽しんでいた人達が、予想もつかなかった御嶽山の噴火で、亡くなられたり、被災したりしました。

自然の風情を美しいものとして愛でる気持ちの一方で、自然の突如として変貌する脅威への警戒心を呼び起こされる出来事となりました。

それでは、どのような心構えで自然と向き合ったらいいのか、というような解は、到底私などには持ち合わせがありません。

自然の中で人は、ただただ生かされている存在に過ぎないことを思い知るだけです。

しかし、私にも言えることは、そのような自然の中にあっても、いざという時に、人が頼れるのは、自分以外の人でしかなく、その意味では、常日頃から人に対する思いやりや、人との連帯感を養う努力をすべきではないか、ということです。

最近の度重なる自然災害で、人が助け合う姿を目にするにつけ、人との絆の大切さを改めて思い知る次第です。

そして、自然の風情や乱調を愛でることができるのも、いざとなれば人が救ってくれるという安心感に裏付けられているのではないか、とも思います。

Posted by murakami at 09時18分

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